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無駄かもしれない足掻き

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一歩踏み出す経験

28日にやるプレゼンの準備がひと段落ついたと思ったら、来月半ばに個人で40分もプレゼンしなきゃならなくなった。しかも30日までのゼミ研究計画書をまだ出していない。ちなみに言うと明日レポートの概略を2分ほど話さなくてはならないがこっちも手つかず。
2年まではこんなことなかったのに、なんでこうも課題が増えるんだろうなぁ。

昨日の講義で「一歩踏み出す経験」というテーマで少し話合うことがあった。しかし、よく考えてみると私にはそういった経験がほぼないような気がする。周りの人は大学受験だとか、バイトだとか、いろいろとあるようだ。推薦で入って、なんとなく応募したらなんとなくうかってそのまま居ついているバイト先で、特に大きな挑戦もなくここまで来ているような気がする。自分からあれやろうこれやろうとはしないけれど、人から頼まれたり、引き受け手がいないならやる、といったようなことは多々あったから別に平平凡凡としている訳ではなく波乱に富んでいるが、人から見ればものすごく受動的なのだろう。

でも、別に一歩踏み出す経験がなくたって問題ないと思う。

というか、それってものすごく自分を見限っていると思う。

踏み出す、ということは「今まで自分には無理だと思っていたこと」「できないと思ってやらないでいたこと」が存在することを認めることであり、意味のない縛りにあって身動きが取れない、不自由な状態だったことを意味する。私は基本的に「やろうと思えばできないことはない」と思っているので、人から見れば無謀な挑戦でも、私には当然の帰結であることの方がほとんどだ。無意識に縛られていることが何よりも嫌いなので、やる前から「できない」「無理」と思うのは法律に反するもの以外はやめるようにしている。だから煙草だって吸ってみるし(依存する前にやめた)、酒でつぶれてみるし、コスプレだってやってみるし、ひとりで冒険に出たりする。そういうことを「一歩踏み出す経験」というならこれ以上に経験豊かな人材はいないだろう、というレベルでありとあらゆることをやってみている。法律の範囲でできるのは後は風俗に行くくらいだろうか。パチンコやってないか。今度行こう。

特筆すべき「一歩踏み出す経験」を持っているなら、今すぐにほうり捨ててまたやったことないことをやっていたいと思う。

あ、起業もしてなかった。
それはまたいずれするかもしれないし、しないかもしれない。

自分の人生なんだから、そのくらい自由自在にいたいと思う。